体験(証し)

結婚を通じて私は救われました。

初めに妻と出会ったのは、友達との紹介がきっかけで、妻と出会いました。 初めはメール交換し話したり、電話で話したりして何度かメールを交換したり、電話をして行き、一か月位が経って一緒に会ってお出掛けする様になりました。

妻と会ってお出掛けした時の印象は、一緒にお出掛けして買い物したり、車でドライブをよくしていたのですが、どんな人に対しても優しく、分け隔てなく、気兼ねする事無く、笑顔で接する非常に気遣いのできる人なんだと思いました。 何でこんな素敵な人が彼氏もおらず、結婚してないのか不思議な感じでした。

そして、妻といると凄く安心できる自分がいて、自分が凄く自然体でいられる事を出掛ける度に思いました。その頃は日々の毎日が仕事中心の生活を送っており、お互いの仕事の悩みを聞き、アドバイスしたり、自分の仕事の話やその日に有った事を話したりして、次にいつ会えるかどこに出掛けようかと電話するだけで、毎日が喜びで満ち溢れた気持ちに包まれる感じがして気持ちが常に平安でいられて、不思議な感覚でお付き合いを続けました。

今も妻といるだけで心が平安に満たされます。結婚してからも妻の溢れる程の優しさ、気遣いにすごく感謝しております。
出会ってから、数か月が過ぎた頃、妻が奉仕で「ふうけもん」という映画の準備を行っている話を聞き、自分もその映画を見てみたくなりました。
映画を見て、教会ってどんな所なんだろうと興味がわき、妻から聖書ってどんな事が書かれているのか聞く事が多くなりました。 妻から小さい聖書を借りて時間のある時に何回も読み、素晴らしい神様の御言葉に出会いました。 それは今から4年も前の事ですが、昨日の事の様に覚えています。

それから教会に妻と訪れる様になり、翌年に洗礼を受けました。 今、思いかえしてみると妻との出会いを通して、主の愛が注がれて、仕事中心の生活から、妻を通して主の恵みによって生きる生活へと変えられました。
そして、主の愛が注がれ、主の導きによって自然に教会に来れた事を主と妻に感謝します。

そして、この出会いがなければ、主とも出会えず、教会の兄弟姉妹とも出会えませんでした。 そして、ただ人生を愛と喜びを感じずに思い悩む茫漠とした人生から、愛と喜びと恵みに満ちた彩(いろどり)のある人生に変えてくださった主に感謝致します。

伝道者の書3章11節にあるように「神のなさる事は、全て時にかなって美しい。」とある様に洗礼後の8ヶ月後には先頭走者スクールに参加し、日々の講義や実技を通して聖霊様の油注ぎにより、心の目が開かれ、聖霊のバプテスマを受け、異言で祈る事ができる様になりました。 また、私の心の内なる強さが増し加えられ、私の心の中に燃える程の主の愛が注がれました。 自分の中で閉ざされていた本来の心が解放され、思い煩う事の多かった自分が主の油注ぎにより思い煩う事なく、心の平安が保たれている時間が多くなってきた事を主に感謝します。

また、スクールを通して、先生より預言が与えられ、主の計画として光輝く未来を勝ち取る召しがあることを受け取りました。 これまで歩んできた人生は主の計画の中で導いて下さり、聖霊様が心の目を開いて下映像を見せて下さり、時には、御言葉で語りかけ、主がこれからの人生の指針を教え導いてくださった事に感謝致します。

その後、妻と出会ってから結婚に至るまでには様々な困難な事がありましたが、神の家族である皆様の祈りに支えられ、愛する妻と結婚できた事を感謝します。

ローマ人への手紙5章5節「この希望は失望に終る事がありません。なぜなら私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私達の心に注がれているからです。

これからの人生全ての道を主に委ねます。これからどんな困難な事があろうとも、死を打ち破り甦られ、全てを益として下さる主に期待します。
そして、これからの人生、主の溢れる愛と恵みと臨在の中で全てを創造された主、愛する妻、神の家族である兄弟姉妹と共にこれからも祈り、賛美し、愛と喜びと祝福に満ちた日々を過ごしていけたらと思います。